投稿

7月, 2017の投稿を表示しています

新シリーズ、お金、趣味、仕事

最近はみなさんがブログ記事にコメントを下さるようになり、
それを拝読するのも楽しみになりました。
他の方の言葉を聞くのも参考になり刺激になると思いますので、
興味のある方はチェックしてみると良いでしょう。

日頃コメントして下さっている皆さん、ありがとうございます。
公開の場所に書くことはまた一つ不安や遠慮の生まれる所だと思いますが、
思ったこと、伝えたいことはどんどん書いていって下さい。

こうした交流がブログのエネルギーとなることを
改めてお礼申し上げます。

ブログはこことアメブロに掲載しています。
http://ameblo.jp/kawabemasanori/?frm_id=v.mypage-ameblo--myblog--blog

みなさんが日頃読まれているのはどちらでしょうか・・・

さて今日から新テーマに移ります。

・好きなことを仕事にする、
・お金とはどうやって付き合うか、
・どのようにして次の人生のステージに進むか、

この3つを扱うことになります。

初めに言っておくと、超重要で、しかも僕的には最もお勧めしたいアドバイスが含まれています。
僕は20歳くらいからこのやり方で人生を進めてきて、
やっぱり振り返ってみて唯一絶対の正解だったと確信しています。

それは生きれば生きるほど豊かになっていく生き方、
無駄や徒労のない生き方、
自己肯定というたった一つのツボで人生全部を変える思考法、実践法です。

ほとんど裏技みたいなものだから(実際には正攻法)
ちょこちょこアドバイスはしているんだけれど、
反映率は5%くらい(笑)

だいたいスルーされます。

なかなか思うように生きられていないと言う人の相談を受けると、
すべてこのやり方の反対をやっている。

それは社会の常識から来たもので、僕は洗脳と言っていますが、
「Aをしたい、
そのためにはBをしないといけない、
そのためにはCをしないといけない」
という考え方で、永久に最初のCが(またはもっと程度が進んでZが)
準備完了しない、ゆえに永久にやりたいことをやる時期が来ない、
という現実を作り出します。

必要な情報なので今回の質問者さまのことを簡単に紹介します。

・女性
・派遣社員

最終回の続き

昨日のブログを受けて、質問者様からのメール。

「自分が言葉にブレーキをかけているという意識がありませんでした。
でもひとたび言葉が出ると出力過剰になるのは自分で認識していました。
つまりは、ブレーキをかけていたんだと思います。」

こういう考え方が重要ですね。

「Aをしているということは、
Bをしているはず」
みたいなことが沢山あります。それは法則です。

だけどよくアドバイスをする中で
「Bは確かにしていますが、Aはしていないと思います」
みたいな返答をもらうことがある。

でもそれはあなたがAに関して認識が甘いだけで、
していない訳がない、なぜならBをしているんだから、
という話。

ここは素直に
「AとBは必ずセットでしていて、
BをしているということはAもしているんだろ自分は」
という考え方を出来た人が成長コース。

そこから自分が認識できていないAに対して、
目を向けていくことが順当な訳です。

この話は奥が深く、まだまだ続くんですが、
基本的に僕の話は人間関係の最高最良の在り方を創造していくことに関わっています。
だから切り口は変わってもこの話題は続いていきます。

引き続き、読んだり尋ねたりして下さい。

今日は短いですけれどここまで。

次のテーマは決まっていて、
「好きなことを仕事にする」系の話です。

【次回予告】
8月8日 (火)水瓶座満月
8月22日(火)獅子座新月

カワベマサノリ 
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・       
ミクロコスモ・ヒーリング 
microcosmo-healing.com

【ヒーリング】
①【対面ヒーリング
7,000円。40分。

パートナー論最終回

少し寄り道してSNSの話をしていました。

パートナー関係についてですが、
まあ凄く簡単に言えば「思い通りに事が進む」ことが、対人関係の理想ですよね。
正直な話。

わざわざすれ違ったりぶつかったり仲直りしたりする必要はないと思います。

僕は、「分かり合う必要すらない」と思うんですよね。

そういうのは時間の無駄で、
自分のことを相手にいちいち伝えるなんてことをしていると
人生が細かくなるだけです。

そうじゃなくて、常日頃からバーンと自分を見せておくことなんですよね。
そうするとパートナーも誤解のしようがないですから、
それが結局は労せずして分かり合うということになるんです。

僕は自分のことはそういうふうに扱っています。

だからなかは僕のことはほとんど分かっています。
僕にとって「見せていない領域」というのは
ほとんど存在しないので、丸見せ、丸見えの状態なのです。

勿論、ここには見栄とか恐れとかそういうのが
根深く関わっていますよ。

見栄や恐れのある所は、「見せない・見えない領域」になる訳ですから。
そこから誤解とか疑いとか期待過剰とか、そういうものが生まれてくるわけです。

そういうものは自分で撤去していかなくてはならないのです。

よく幸せなばーさんが
「年を取って怖いものも恥ずかしいこともなくなった。
だからのびのびやれて人生を満喫しているわ」
みたいな話ってあるじゃないですか。

今日、その精神境地になればいいだけなんですよ。

怖いことも恥ずかしいことも、実際はほとんど
怖くも恥ずかしくもない。
ただ自分がそうだと思い込んでいるだけなんです。
今日それを捨てたら今日その分幸せになる、
そうじゃなかったらばーさんになるまで待つだけの話ですけれど、
ばーさんになったって無理な人は無理だ。

質問者さまとパートナーさんのことは詳しく知っている訳ではないので、
話を伺った限りで僕が勝手に想像して書きますから、
違うなら違うで他の参考にして下さい。
合っているようならダイレクトに参考にして下さい。

相手に対して何か言った時、相手が凹むということは、
あなたがそのことについて言って来なかったからです。
そして新規のことを言われた時にその人はその人で柔軟性が低い、ということですね。

おじ式SNS論2

おじ式SNS論の続きです。

「昨日は、ブログで私の事をお話しして下さってありがとうございます。
顔を出す事の意味・奥深さ・価値・大切さ、、、色んな事が伝わってきて、
改めてこれからも違う自分になれるように挑戦してみよう!と思いました^^

SNSのプロフィール写真や投稿などで堂々と顔を出している人について、
特に昔の自分は、顔に自信があるからいいよね、とか、
私は恥ずかしいし自意識過剰と思われるから絶対に嫌だとか、
卑屈な気持ちで見てしまってました。

今はそういう気持ちが消えたわけではないけれど、
周りにどう思われるかより、自分をこうして行きたい!
という気持ちの方が強く持てたので、
顔を出す事のポジティブな意味をかわべさんに教えてもらえて良かったです。


いつも、ありがとうございます^^」

僕も前は同じ考えでした。

でもある時気付いたんですが、僕がいいなと思う人は皆、顔を普通に出していた。
ああこれがウジウジしている自分とキラキラしているこの人たちの決定的な差なんだなって理解したんです。

それで人生の方針を変えました。

誰にでも恐れやコンプレックスはあると思います。

問題は、自分はそれをいつまでも握り締めるのか、
それとも手放すのかということ。

すべては自分の選択であり、
どんな些細な選択もすべては自分の心の進路を決定するということです。

自分の中にある人目に晒せないもの、
伏せていたいもの、
自分自身でも見たくないものというのは
言ってみればじめじめと湿った黴のようなもので、
そこに光を当てたり風を吹き込んだりすることは自分にしか出来ません。
またそのようにしか解消できません。

この話のそもそもはパートナー論でしたが、
人間関係の問題のすべては、自分の中の「黴の生えた心の部屋」の
外的顕現に過ぎないわけです。

例えば、「自分なんて」と思っているとします。
その感情はもうかれこれ10年も20年も、いやもっとそれ以上の間、
微動だにせずにそこに居続けているので、黴が生えている状態なのです。

その結果「あなたなんて」と言ってあなたを軽視してくる人や環境に
あなたは遭遇することになる訳です。

自分の中にあって固着した感情や価値観がネガティブな場合は
意識的に働きかけて天地返しのようなことをする必要があります。

自分の顔が嫌いなら、自撮りを100日連続投稿することを勧めます。

おじ式SNS論

昨日の記事は思ったより反響がありましたね。

反響があると「こっちの方に話を進めていけばいいのかな」と分かりますので、
反響があると助かります。

今日はそんなわけでSNS特集をします。

SNSというのは
フェイスブックとかインスタグラムとかツイッターとか、
そういうものです。

早速の結論ですが、
SNSこそは自己浄化と自己開花のための最善最速の、
無料のツールであると僕は確信しています。

なぜか?

そこでは自分のことを語らなければいけないし、
見せなければいけないからです。
(*おじじ的使用法では、です。一般用法ではない。)

「どこそこに行きました」とか「あそこの飯が美味かった」とか
そういうことも良いんだけれど、そこには自分はない。
そういうのは霊的成長のためには別に意味はなくて、
あなたがそこにあなたのことを、存在をそのまま表現できたら
凄く価値がある。

こういうふうに考えてみる。

この例ではインスタグラムを使うことにします。

インスタグラムっていうのは主に写真や動画を投稿するもの。

「毎日自分の暮らし、自分のしていること、
自分の心に触れたことを、一つでも投稿してみよう」

という方針を立てるとする。(*例ね)

するとそういうふうな目で毎日を見るようになる。
実は生活の中に感動が溢れかえっていることに気付く。
又は、凄く感動したんだけど、こんなの人に言って伝わるかな、と思ったりする。
又は、何にも投稿することがなくて、「私の暮らしって何にもないな」とがっかりする。

こういう感情体験をすることができる。

何のためにそんなことが必要だか分かりますか?

放っておくと受動的になってしまうからです。
眺めるだけで人生が終わってしまうからです。

そして自分がどんなにいろんなものを奥に引っ込めているか、
どんなに自分が自分に自信がないか、
自分を認めていないか、分かるからです。
<